東京高等裁判所 昭和26年(う)3141号 判決
刑事訴訟法第二百五十六条第五項に規定する予備的訴因とは、主たる訴因の犯罪の成立が肯認されない場合を条件として、第二次的に審判を求めようとする別個の犯罪であり、又同法第三百十二条第一項の訴因の変更とは、起訴状に記載した訴因に対する審判の請求を撤回し、これと内容の異なる別個の犯罪を訴因として審判の請求をするものである。故に予備的訴因は常に第一次の主たる訴因と併立し、唯その審判を受ける順序が条件づけられているのであるが、訴因の変更の場合は、訴因の交替であつて、変更前も変更後も、審判を求める訴因は唯一個に限られているわけである。されば予備的訴因の追加と、訴因の変更とは、手続上本質的にその内容を異にするものであるから主たる訴因と追加された予備的訴因とが犯罪構成要件を異にする故を以て訴因変更の手続をしなければならないという所論は失当である。
又原審第十一回公判調書の記載によれば、同公判において検察官が訴因の予備的追加をなし、被告人の弁護人がこれに対し異議の申立をしていることは所論のとおりであるが、その異議は、その予備的訴因が主たる訴因と公訴事実の同一性を害するものであること及びその訴因の内容が不明確であるという理由に基くものである。しかし、起訴状に記載されている被告人の第一の(二)の犯罪事実と、右公判において検察官が予備的訴因として追加した犯罪事実との間には、昭和二十五年一月二十三日、被告人が東京都豊島区長崎町六丁目十一番地の自宅で、田中文子を介し、原審相被告人田中よし子に対し、原判示の麻薬類を交付したという基本的事実に何等異なるところがないのであるから、右予備的訴因が主たる訴因と公訴事実を異にするものとはいえないし、又昭和二十六年三月十四日附検察官作成に係る訴因予備的追加申立書に記載されている訴因の内容は極めて明瞭で容易に理解し得るものであるから、原審が右異議の申立を理由ないものとして却下したのは正当の処置である。
而して起訴状記載の前記主たる訴因と追加された右予備的訴因との相違は、被告人が本件麻薬を、麻薬中毒症状を緩和、治療するために麻薬中毒患者たる田中よし子に交付したのか或は疾病治療以外の目的のために田中よし子に交付したのかという点のみであるが、この点については既に原審第一回公判以来種々の証拠調がなされておるばかりでなく、予備的訴因の追加をした第十一回公判において、被告人の弁護人が証拠調の請求をした程であるから、右訴因の追加により被告人又は弁護人において新たな防禦方法を講ずる必要があらば、この点に関する新たな証拠調の請求をするとか、或は立証準備のために期日の続行を求めるとか、種々の方法を講ずることができた筈であるにも拘らず、被告人も弁護人も何等なすところなく、同公判を徒過してしまつたのである。
されば原審が前記訴因の追加を許したこと及び同日弁論を終結したことはいずれも適法の処置であつて、何等法令に違反する手続を敢てしたものではないから論旨は理由がない。
同第四点について。
麻薬取締法第三十八条第一項は、麻薬施用者は、他人又は家畜の疾病の治療以外の目的に麻薬を施用し、施用のため交付し、又は麻薬を記載した処方せんを交付してはならないと規定しているから、右規定の違反罪が成立するためには、麻薬施用者が他人又は家畜の疾病の治療以外の目的を有していること、この目的のために他人(又は家畜以下略する)に麻薬を施用若しくは施用のために交付し又はその処方せんを交付すれば充分であつて、その他人が麻薬中毒者たると否とは右犯罪の成立に関係のないことであるから右違反罪の犯意としては、その他人が麻薬中毒者たること又は非中毒者たることについての認識を要しないものと解すべきである。故に被告人の本件犯罪成立のためには、被告人に田中よし子が麻薬中毒患者でないことの認識を特に必要とするものではないから、原判決にはこの点に関し所論のような事実誤認は認められない。論旨は理由がない。